10kg級本マグロ

2004年11月1日

昨年(2003年)はマグロの当たり年だった。深田家では14キロ程の本マグロの魚拓が飾られ、フカセ釣りで10キロ超えのキハダが上がっていたのに仰天した。
実際に乗ったときは伊豆大島を攻め、中乗りさんが5キロ近いキメジを目の前でぼんぼんぶっこ抜いたり、他の釣り人の仕掛けが次々に吹っ飛ぶのを見たくらいである。
 その時は3〜4キロの本ガツオのみの釣果となったが、非常に美味だったこともあり、再び出漁を決めた。
 だが、その後で深田家の船がエンジントラブルを起こし、一月近くも修理に時間を取られてしまったのである。よほど一俊丸へ行こうかと迷ったが、遠征免許のない一俊丸では群れが伊豆大島に走った時には手も足も出せない。外道もサバやシイラくらいだ。
 一方、大島では他の釣り人にカンパチが食ったり、マグロ類や沖サワラがヒットしていることもあって、結局は深田家に決定した。

 そして11月1日、深田家には私を含めて5人の釣り人が訪れた。若手二人を連れた一本釣り師とインナーガイドのリール竿を持ち込んだフカセ釣り師だ。
 この頃、伊豆大島を攻めてかなりいいカツオが上がっているので期待が持てる。ひょっとしたらマグロも食うかもしれない。
 餌を積んだ第十一深田丸がやって来るや、私たちは乗り込んで一路、伊豆大島へ向かった。右手に富士山、左手に城ヶ島を見ながらひたすら走る。餌のイワシも粒揃いでいい釣りができそうだ。
 一時間半ほどして、前方に島影が見えてきた。その島こそ今日の漁場、伊豆大島だ。以前東海汽船で見送ったのと違い、釣り船の上から見る島はいっそう美しく見える。正に絶景だ。
 島周りでは一艘の船が操業していた。狙いは真鯛だろうか、縞鯵だろうか。
 その船を横目に見ながら、第十一深田丸はさらに島沿いに南下する。魚が見つからなければ新島や神津島まで走る船だ。
 今や大島まで1キロあるかないかだろう。島の鮮やかな緑が目に飛び込み、細い道路が時折見え、建物もまばらで町も小さい。そう、東京都といえども大自然の姿を我々は目にしていた。このような海域で釣るなら、極端な話、型見ずでも納得できそうなほどである。
 心を躍らせる中、船はさらに走り続け、元町港を通過して南へ下る。前回訪れた時は、島の南端近い、千波崎の沖にカツオの群れはいたのだ。
 果たして、今日も数艘の職漁船が走り回り、海鳥が激しく飛び回っていた。それを確認するや、船内は一気に活気づく。たちまち魚の飛び越し落下を防ぐネットが右舷に立てられる。撒かれたイワシが水飛沫とともに消えた。
 ブッペ竿を取って、釣り座に走る前に散水が始まった。ハリスを交換する間もなく、船はナブラにぶつかった。即座にイワシを付けて放り込むと、ガツンと三キロ級の本ガツオが食らいついた。
 こっちもハッスル状態で、一気に抜き上げて鉤を外すと次を狙う。
 餌つきの良いナブラで、ためらうことを知らず、次から次へと食ってくる。目の前を青い背中のカツオが飛び回り、中乗りさんたちが釣ったカツオが船の至る所で暴れ回る。隣の釣り人もガンガン抜き上げる。
 私も千載一遇の機会を逃さず、素早く餌を付け、海に放り込むと散水の白い泡の中で青い砲弾が縦横無尽に走り回り、我先にイワシに襲い掛かる。とにかく凄まじい迫力だ。
 三本、四本と次々に魚は増えてくるが、もはやバケツで血抜きをする余裕などありはしない。クーラーの中ブタを開けて釣れる側から放り込む。
 みな型揃いのカツオなので、抜き上げてからも激しく暴れ、鉤を外すのが一苦労だ。バケを使えれば恐ろしいことになりそうである。
 
六本釣ったところで、散水が止まった。
 ハリスを結び直すや、即座に次のナブラにぶつかった。今度のカツオも型が良いものの、いささか食いが渋い。それでも三本釣ったものの、散水の中まで入って来ない。
 ここで、私はブッペ竿を置いて、フカセ仕掛けに走った。九本でも三キロ以上あるカツオばかりなので、クーラーがかなり埋まってきたのである。こうなったらフカセ釣りで遊んでやろうと考えたのだ。こんな機会に楽しまなければ損だし、何より一本釣りで食わないならフカセの方が有利だ。もしかしたら5キロ以上のマグロが食うかもしれない。
 丸い糸巻きから仕掛けをほどき、イワシを付けて送り込むと即座にカツオが食ってきた。しかし、その後の引きが違う! 猛烈な勢いで道糸をグイグイ引き出して一気に横走りする。指サックを付けていない手では、太いナイロンも水で滑って止められない。伸されるだけのされて、最後は鉤が口から抜けた。
 慌てて次の餌を付け、タックルボックスから指サックを取り出すと、その時にはナイロンがスルスルと海に引きずり込まれていた。慌てて手繰るとまた走り出す。走った時は無理に引いたら口切れする。止まった瞬間に頭を向けさせるのがこつだ。一本釣りに比べると手返しに時間を食うが、面白さはその比ではない。
 一本釣りに食い渋るならフカセ釣り専門も面白そうだ。その間にも寄って来た魚はまた反転して走る。躍起になって手繰り寄せ、ハリスまで来たところを抜き上げる。散水や撒き餌をしない右舷でもカツオの姿が見え、鉤に付けたイワシに青い砲弾が突進し、飲み込んで突っ走っていく。ビュウウウウ、と一気に道糸が引き出され、一息で二十メートル近くも横走りした。手繰り寄せてもまた走られ、魚に翻弄される。ごついルアータックルが必要なわけだ!
 とにかく強い! 何度も走るのは、指サックの少ない私にも問題があるのだが、隙を見せずに手繰ってしまわないと獲れない。ふと手元を見ると指サックがズタズタだ!ハリス近くまで寄せたところで、また引き出される。
 頭を手前に向けさせるや、今度は容赦なく抜き上げる。さらに一本追加。いずれも一回り大きい四キロ級だ。
「おっしゃあ! フカセ釣りでも釣れる!」 
 しかし、一本釣りの三人組もコンスタントに釣り続け、このまま一本釣りを続けた方が数は狙えたかもしれないが、こんな引きを味わえばもう十分である。一人がフカセの仕掛けを流したが、ノーヒットのまま一本釣りに戻った。
  私がそうこうしてカツオと引っ張りっこを演じている間に、艫近くでは恐ろしいことが起きていた。ポイントに向かう途中、中乗りさんからカツオバリをもらっていたフカセ釣り師の竿が大きく曲がり、強烈なやり取りを演じていた。やがて、水面下に巨大な銀色の塊が浮上してきて右往左往する。マグロだ! もはやメジではない!! 
 思わずタモに手をかけた。
「それは止めて、別の網で」
「あ、はい」

 餌を掬う網を使うわけにはいかない。すかさずギャフを取った。
「それはこっちでやるから、釣ってて」
 そう言われるや、こちらも心得たもので中乗りさんにギャフを渡し、再び餌を付けるがどうやらカツオの当たりは少なくなってきたようだ。
 
その間にマグロはギャフが打たれた。いいキハダだ。10キロはあるだろう。
 足元に転がるマグロを見下ろし、まるで遠征大物のような釣りができるのか、と驚愕するが、これはフカセでないと食わないだろう。こんな大型は船を警戒するから、一本釣りではまず食わせられないし、仮に食っても獲れないだろう。あっけなく竿をのされてハリスを切られるのがオチだ。
 
今度は妙な手応えとともに、タチウオが水中でギラリと光った。一気に仕掛けを回収する。ハリスに傷を付けられたらことだ。よりによってこんな時に!幸い、仕掛けは無事だったが、その直後にはサメも現れた。一メートル以上の魚体が悠然と目の前を横切っていく。! フカセ釣りでも釣れる!」
 次のナブラを探すべく船が移動した時は、何とキハダが跳んでいる! 10キロ前後のマグロがまるでイルカのように水面上をぼんぼん跳んでいるのだからとんでもない話だ。これが一本でも上がれば間違いなく大物記録更新できる。 
 しかし、そやつらはまだ寄ってこなかった。
 私に来た最後の当たりは、やはり4キロ前後のカツオだが、あんな大物を見ては、もはやカツオに用はない。13本で40キロ以上はあり、クーラーもほぼいっぱいだから、餌に混じっているマイワシを使ってやろう。
 20センチ近い、でかいマイワシのカマに鉤を掛けると、さすがマイワシだけあり、どんどん仕掛けを持っていく。しかも、底へ底へと潜っていくから絶対に食うはずだ。
 いきなり物凄い重さが手元を襲った。魚は鉤掛かりした直後はまだゆっくりと泳いでいるが、それでも半端ではない力を感じさせる。これはマグロに違いない。
 魚は突っ走った。カツオと違い、垂直に潜っていく。
 ひええ! 止められない! 道糸を押さえに押さえても、一気に10メートル以上引き出され、絶対に止める事はできない。冗談抜きで手首に絡まったら引きずり込まれそうだ。誰か後ろで仕掛けを引っ張ってほしいよ……。
 突進が止まるや、再び手繰る。頭が手前を向けば、かなり楽に手繰れるが、それでも反転したときの走りが恐ろしい。獲れるかどうか分からぬが、まずカツオでフカセの肩慣らしをしておいて良かった。
「これ、まさかサメじゃないですよね?」
「マグロだよ。時間をかけていいからゆっくり上げて」
「こちらとしては早く上げたいです!」
 少しずつ手繰るが、そうして手繰った仕掛けもまた一気に引き出される。まだ相手は弱る気配を見せそうにない。ナイロンも指サックを当てないと到底、手繰りきれるものではないのでもどかしさを感じる。大分引き戻したのに、また走られたら厄介だ。
 3分ほどやり取りを繰り返し、次第に主導権を握ったと思った瞬間だった。
 再び魚は猛烈な走りを見せ、残り少ないナイロンが伸びていく。この勢いで走られると絶対に今の道具と技術では止められない! ナイロンの後ろの渋糸が出た。
 それでも海底に向かう魚を止められず、ついに仕掛けを全部引き出されてしまった! 丸枠を握った瞬間。手応えは失われた。
「あちゃー、外れたね」
「全部引き出されました! 上がらない!」
 泣きっ面に仕掛けを回収すると、予想通りに鉤が伸ばされていた。新しく糸巻き量の多い仕掛けを選び、12号のナイロンハリスに16号のフロロとPEブリ・ワラサの13号を結んだ。あれもさっきのキハダと同じくらいの大きさだろうか。
 などと思う間もなく、中乗りさんは3キロ近いメジを抜き上げた。カツオに比べてやや扁平ながらも黒光りして旨そうだ!
「メジがいるよー、お客さん」
 カツオをしこたま釣った三人組は、クーラーに入り切らないカツオを船の魚蔵に放り込んで高みの見物を決め込んでいたのだ。
「本メジだよー。釣らなきゃもったいない!」

 私も叫び、今度は一本釣りに戻してマイワシを放り込む。
「フカセで釣ったほうがいい。フカセで」
 船長が叫ぶ。
 すぐさま手元に激しい当たりが伝わったが、一瞬でハリス切れしてしまった。これは一本釣りでは歯が立たないと即座に判断し、マイワシをもらってフカセに戻る。
 イワシを送り出すと、またもや強烈な当たりがきたが、今度はハリを持っていかれた。その間にもリール竿を持ち込んでいた釣り人は二本目のマグロを仕留めていた。これまた10キロ以上ある大物だ。
「リールがないと上がらないよ」
「確かにそうかもしれません……」
 だからって、まさかその道具を借りるわけにもいかないし、一昨年のように、イワシが少なく、コマセ釣りで狙う時のためにリールが用意されているわけでもないので、フカセ仕掛けとこの両手で太刀打ちするしかない。
「やっぱりマイワシですか?」
「そう、大きいマイワシに食ってくるよ」
 もはやカツオはいらない。でかいのが一本釣れればいいと思っている間に、船長や中乗りさんもフカセ釣りに変更していた。ばかでかいボビンの仕掛けを散水の中に流していくと、物凄い勢いで道糸が走り出す寸法だ。やり取りの果てにマグロへギャフが打ち込まれた。
 獲物を見ると、さっきのメジがさらに大型になったやつだった。キハダではない!
「本マグロだ! 一本でもいいから釣りてえー!」
 10キロを超えるマグロなら、キハダでも嬉しいのに、それが本マグロとなっては仰天である。こんないい魚がいるなんて正に千載一遇のチャンスだ。これを逃がしたら一生後悔するだろう。必ずや仕留めてやる。
 しかし、その後も強烈な当たりが来たのはいいものの一回は鉤が外れ、次はハリスが切断された。何なんだ一体!
 続いて、送り出した仕掛けの先にサメがいたらしい。
「そこサメだよ。早く上げちゃって」
「サメ?!」
 明らかにマグロと異なる巨大な魚体を確認した直後、ガパーッと落ち着き払ったように水飛沫が上がった。
「あー、餌取られた!」
 もっとも、もしサメが掛かっていたら大変なことになっていただろうし、ハリスを傷付けられなかっただけでも儲けものかもしれない。ハリスが太いだけあって、船上で鉤を結ぶのも一苦労だから。
 もはや完全に船上はマグロ狙いに切り替わり、中乗りさんも真剣になってフカセ仕掛けを流し始めている。一本でいくらになるのだろう?
 その間に、リールで狙っていた釣り人にサメが掛かった。水面下でのたうち、果てしなくラインを引き出していく。正に体力の限界だ。
 一向に止まらないため(二メートル近いのだから当然か)中乗りさんの指示で、彼は船のボルトに道糸を巻いたが、サメは弱るより先にハリスを切断した。
 恐ろしいやつがいるものだが、あまり真似はしたくない……。
 まだこの付近にマグロがいるのは間違いないが、連中はカツオより警戒心が強く、なおかつ大型の餌だけしか反応しないことは分かっている。だから船長からマイワシをもらい続けるが、餌の活きがイマイチなのか、それとも腕が未熟なのかはともかく、海面を泳いでばかりで潜らない。そんな餌は即座に交換する。水面直下を漂う餌にマグロは来ない。
 では、潜ればいいのかって? 確かにカマ掛けするとどんどん潜ってくれる餌もいるが、真下に潜って止まるのも困りものだ。その上で船から遠ざかってくれないと食って来ない。
 餌が元気に泳ぐ手応えばかりで、一向に当たらないとなると遠慮なく交換する。まだまだマイワシは残っているから、船の先へ、少しでも沖へ潜っていくやつが必用だ。
 そして、何尾目かの餌を右腕を振って放り込んだ。すると、船から一直線に遠ざかりながらスルスルと潜っていく。どんどん仕掛けが伸びていった瞬間だった。
 沖に向かう餌の動きに加速するように、猛烈な勢いで仕掛けが引き出された。今度は確実に獲るため、やや食い込ませる。仕掛けにテンションを掛けると、そのままハリ掛かりした。
 来た! 諦めかけていた時のヒットだっただけに感激もひとしおだが、獲るまで一瞬たりとも油断はできない。次を狙う余裕は恐らくないだろうから、どんなことをしてでも取り込みたい。
 一直線にマグロは海底に向かって潜っていった。もう他の魚と間違えはしない。しかし、大物を手釣りで掛けるとやり取りが大変だ。漁師の真似も楽じゃない。竿とリールが欲しい!
 とにかく強い。走らせるつもりなど毛頭ないが、それでも走る時は一気に引き出され、止まった時だけ指サック越しにゆっくりと手繰ることが可能だ。
 人間の腕より優れた釣竿はないと言うが、確かにギリギリのテンションで仕掛けを繰り出し、手繰ることは可能だ。ただし、手繰る速度が遅い!
 とにかく落ち着いて戦うことが要求されるが、こちらとしてはいつ外れるか、あるいはサメに食われるかと気が気でない。あくまで指サックに仕掛けを当てながら、それでも滑る仕掛けを懸命に手繰っていくことだけしかできない。
 幸運にも、魚はファーストランでかなり体力を消耗したらしく、その後の走りは何とか対処が可能なものだった。それでもとんでもない重さとスピードである。
 冷静さを求めつつ戦っていく内に、ようやく魚も弱ってきたのか、手繰る量が増えてきた。期待と興奮が渦巻き、私は容赦なく手繰り続け、ついに道糸とハリスの結び目まで来た。
 だが、予想していたこととはいえ、獲物は再び垂直に潜っていった。手釣りだと絶対に止められない。最後の抵抗だけに手強さも半端ではなかった。
 その潜りを何とか交わし、辛抱強く手繰ると、やがて水面直下に銀色の塊がぐるりぐるりと回りながら上がってきた。キハダではない。本マグロだ! 私はあくまで落ち着きながらも魚を浮かせ、マグロは中乗りさんのギャフが頭に打ち込まれた。即座に船内に引きずり上げられ、頭に小出刃を突き立てて戦いは終わった。
 これまでにない大きな獲物を。私は腕の痛みも構わずに抱えた。人生最大にして最高の獲物……。クロマグロを仕留めた! 間違いなく10kgを超えているだろう。

 

 2004年12月27日

 

 その後、連日のようにマグロの釣果が報告された。
 翌日にはルアーマンが10kgの本メジを獲り、小さいときでも10kg前後のメジ・キハダはほぼ連日上がり、日によっては2030kg級が上がった。
 船宿サイドはこのように報告している。 

 マグロ狙いで出船しています。メジマグロ・キハダは2030kg級が多いです。
 仕掛け:手釣り=道糸・ハリス12100m以上、フカセ釣り=道糸新素材4号以上、300m以上、理想は500m ハリスは16号から30号。ハリはヒラマサ針や石鯛針、船上で差し上げます。(これはカツオ針)

  時に尾鰭をサメに囓られるという報告もあったが、深田家始まって以来の30kg級の本マグロに私は驚愕した。
 ちょうど就活が始まる時期だったため、なかなか出漁できなくて悶々としていたが、経済的な観点からでかい丸枠と、24号の手釣り糸を300m巻き込み、当時としてはできる限りの準備をしていた。
 二度目の挑戦は、強風のため出船を中止したが、27日、いよいよ最終戦が始まった。
 直前の大物は、
17キロのキハダだが、見事なものだ。これが相模湾で起こっているなんて信じられない!
 他のお客さんたちも、モロコ用の竿やら、泳がせ竿やら、ダイワのマッドバイパーやら、えらく立派な竿に、でかい電動リール、トローリング用リールが主流だが、この時の私の道具は、一番ごつい竿とリールといえども、アジビシの道具しかなく、ビシ竿にPE6号を300m巻いた電動リールを手巻き仕様でチャレンジという、一番ライトでみすぼらしいタックルだった。
 船宿に張られた大型の魚拓を見て、「こんなでかいやつより、小さいやつが食って欲しい」なんて恐れをなす方もいたが、向こう見ずな若者って、逆にチャレンジ精神を燃え立たせる。
 ハリスは迷った挙げ句、26号を用意したが、上乗りさんに確認すると、太くても20号から18号が望ましいというので、迷わず16号をセレクト、リールには6号を30mばかり巻き足す。
 そして、冬の風が吹く中、船は佐島港を出て、マグロ場へ向かった。
 エサはマイワシが少なく、シコイワシばかりだから、なおさら太すぎる仕掛けは使えない。大物狙いといえど、繊細さも要求される世界だ。
 私はPEにサルカンを結び、8メートルばかりフロロ16号をつないだ。ハリはカットゴリラや太地ムツも用意していたが、イワシの大きさに合わせ、前回と同じ、PEブリ・ワラサに戻る。
 冬の澄んだ空気が、マグロ場を早くから我々の視界へ伝えるが、異様な緊張と興奮が船内に伝わる。大間のマグロ漁がそのままサイズダウンされたような形だ。
 船は釣り場に到達すると、散水と同時にイワシを撒く。そしてポイントの潮上に船をつけるため、無理なく仕掛けが流せるのだろう。
 よく見ると、船から2030mほど離れた辺りでマグロが小規模なボイルを見せ、海鳥が餌を狙って舞い降りる。
「バケツに入れるイワシは23尾にしてください。魚が食ったら無理をせず時間をかけて」
 船長がマイクで話し、釣り客たちはめいめい、シコイワシをバケツで取っては泳がせ始める。
 仕掛けを流すフカセは、右舷からのアプローチになるが、仕掛けはやや左の舳先寄りに流されていく。PEラインをオマツリさせないよう流していくが、手釣りでは無理がある。
 と、私のリールからラインがジーッと引き出された。マグロだ! 慌てず一呼吸入れてリールのクラッチを切ると、魚の重みが伝わった。
  一気に走り出す。何キロくらいあるんだ?
「何回も当たる魚じゃないから、丁寧にやってね」
 上乗りさんに励まされ、止まったところで巻き取るが、すぐさま持って行かれる。この道具でマグロ類を掛けたのは初めてなので、どんなサイズか判らないが、少なくとも5キロ以上はあるだろう。
 さい先のいいスタートに心を躍らせるが、何度目かのダッシュで魚は方向転換し、それと同時に手応えを失った。
「あーっ、外れちゃいました」
 仕掛けを回収すると、ハリは無事で、ハリスに傷があるわけでもない。ドラグが緩すぎたので、掛かりが浅すぎたのだろう。急いでスタードラグを締める。

 エサのイワシは12cm前後と小さいが、それでもできるだけ活きのいいやつを選び、カマ掛けにして遠くまで泳がせるのが肝だ。カツオの群れほど魚影が濃いわけではなく、限られたチャンスをものにしないと勝利はない。
 時折、船はポイントを立て直すが、撒かれたイワシが海中で群れをなし、沖では単発でボイルが見える。あの中に大きいのがいれば……。直すが、撒かれたイワシが海中で群れをなし、沖では単発でボイルが見える。あの中に大きいのがいれば……。
 何度目かの繰り返しで、再びラインが持って行かれた。間を置いてテンションを掛けると、先ほどよりも力のある引きが手元を襲った。どんどんラインが出る!
「でかいのが来ました」
「竿を立てると歯に当たって切れちゃうから、キーパーに掛けたままやり取りして」
 落ち着いてウインチファイトに取り組むが、まずはラインを回収するのが一苦労だ。
「これ、どのくらいあるでしょう?」
20キロくらいあるかもしれないよ」
 ひええ! そんなでかいのは経験がない! 大丈夫か?
 確実に100m近くは持って行かれた。船長が船をデッドスローで回し、魚を追跡する。
「これでバラしたら、目も当てられませんね」
 正直なところ、全く油断できず、ハラハラものだ。このアジビシ道具で大物を掛けたことはないため、新たなチャレンジだが、相手はマグロだ。果たして上がるか?
 スタンディングしたい気持ちはあるが、歯でハリスを切られないか気が気でない。よって、キーパーに掛けたまま巻き取り、慎重に距離をつめる。
 凄まじい緊張感が伝わるが、油断せずに巻き取る。緩んだら外れる恐れがあるし、無理をしたらラインブレークは避けられない。PEが船底に擦れたら終わりだ。このやり取りが無事に終焉することを願うばかりだ。
 しばらく船はマグロを追跡したが、魚からあと30m前後の所でしばし手間取る。PEのつなぎ目が見えてきたところで、再び潜り、それを巻き取る。
 上乗りさんがドラグを少し締め、結構巻けるようになってきたが、さらにラインを手で引っ張ってもらい、そこを巻き取る。確実に獲るためならためらいは不要だ。
 やがて、横に走っていたラインが垂直に引かれ、連続して抵抗が伝わってくる。もうすぐサルカンだ。上乗りさんへ忘れずに頼む。

「サルカンを入れてあるので、最後は手繰ってください」
 最後まで巻き取り、上乗りさんがハリスを手繰り始める。
「いいって言うまで、ギャフは入れないように」
 上乗りさん同士で打ち合わせ、手繰り続けるうちに、黒銀の輝きが浮上してきた。
「キハダじゃない。本マグロだ!」
 10キロ級の本マグロの魚体が浮上し、ギャフが打ち込まれた。
 船上に横たわった魚は、ハリスが顔に食い込んでいたのか、顔面に角形の跡ができていたが、構わず血抜きをし、写真を撮ってもらう。間違いなく先日よりもでかい! それでも何とかクーラーに仕舞い、釣りを再開する。
  他の人にも時折ヒットするが、3キロ前後のメジだ。1キロ程度の平ソーダも混じるのが驚きだが、ごついタックルでは難なくランディングされる。
 私にも次の当たりが来たが、竿をガクガク言わせるものの、一気に持って行くには至らない。
「ヒラマサやカンパチだといいんだけど……」 
 巻き寄せると3キロのメジ、それでもギャフを打ってもらい、船中に取り込む。
「よく当たっているね」
他の釣り人も驚く。

「ハリスが16号なので、そのためかもしれません」
 他の方はもっと太いハリスが主流だ。

 

 と、メジが散水の中にも入ってきたようで、上乗りさんは一本釣り用の竿を出してきて引っぱたき、数本のメジを抜き上げていた
 その後は当たりはなく、他の皆さんもメジを1本前後で沖上がりとなった。
 船宿で検量してもらうと、私の獲物は12.5キロ。当時の自己記録更新だが、これがその年(2004年)最後の型ものとなった。



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